相手が大丈夫といっても

私が大学生の頃、朝テストでとても急いでいて、運転中もテストの内容を頭のなかで来り返してました。結果、信号で停まっている時、ブレーキを緩めてしまったらしく前の車にコツっと当たってしまいました。そこで、すいません、と二人共車を寄せたところ、相手の男性が車も自家用車だし、僕全然どこも痛くないからと言ってきました。私も、大学1年生で社会の常識っってものが全然わかっていませんでした。相手は会社員風で、名刺ももらってないまま、お互いの連絡先だけ交換しときましょう、と言われそのまま交換して別れました。3日後、突然知らない男の人から電話がかかってきて、首が痛くて仕事にならないからどうしてくれる?て言ってきたんです。私は、病院代とか払いますって言ったんですが、向こうは事故のときと態度が全然違って、慰謝料払えって言ってきたんです。私も、自分一人で何とかしようと思ったんですが、慰謝料って言ってきた時点で、これは親に言わないと無理だなって思い、親に泣きつきました。親は、なんで警察呼ばなかったのって凄い怒ってましたが、このまま相手の言いなりになる訳にはいかないと、すぐに知り合いの弁護士さんに相談しました。そしたら、その弁護士さんが、きっと私の車(BMW)を見て、会社の人や友人から何か入れ知恵されたんでしょう。と言って、すぐ、相手に会う約束をしてくれました。そしたら、弁護士さんが色々聞くと、病院にも一回もかかってないんです。どういうことですか?と詰め寄られ、すみませんでしたと、平謝りし、そして、もうこれ以上どこか痛いとか連絡しないことと誓約書に日付を入れてもらいお引き取り願いました。それ以降、彼から何の連絡も無かったです。

後遺障害14級認定され、弁護士に依頼しました

徒歩で信号のない横断歩道を歩行中に右から来た車に轢かれました。当時、意識不明になりその後も記憶がなくなったままなので、警察や新聞記事からの情報によると、左の車はきちんとストップしてくれたのですが、右から来た車はブレーキもかけずに横断中の私を轢き、30メートルくらい飛ばされ、地面に落ちた時も頭を打ったようです。救急車で搬送後に入院を1か月しました。くも膜下出血と脳挫傷、さらに髪の毛を車に挟まれ頭皮が裂けたので手術、右ももの皮下脂肪壊死により見た目に傷が残りました。退院後も主に足の傷で通院したのですが残ってしまったので後遺障害14級認定されました。

最初は任意保険会社と私が交渉していましたが、本来無条件で支払われる診断書の負担金も含まれていないなどずさんで、後遺症が認められたにもかかわらず金額が低いので何度も「これでは受け入れらない」と伝えたのですが保険会社もこれしか出せないとの一点張りで平行線でした。しかし、ネットで症状による相場を見ると明らかに100万円単位で低いので納得がいかず、また自身も休んでいた仕事に復帰して時間や手間も負担に感じていたため弁護士を依頼することにしました。

交渉はすべて弁護士で、私は最初に事故内容について電話でヒアリングされ、持っている資料を送付するだけでした。見積もりを最初に出してくれて示談金がどれくらい今より高くなるかを示してくれるので、契約する前にある程度の目安ができて区切りが意識しやすいです。依頼して約1か月半くらいで「これくらいになりましたがいかかでしょうか」と連絡もありました。私が直接交渉したときはもっと時間をかけても数万円アップだけだったのに、弁護士の方が入ると短期間で百数十万円以上高くなっており、これ以上はできないといった保険会社を信用してあきらめずに良かったです。弁護士の先生に支払う報酬を引いても100万以上のプラスになったうえに、交渉を任せることができて自分の時間も取り戻せ、精神的な負担も減ったので納得でありがたく感じました。

フェス帰りに事故

数年前の事です。
吉野ヶ里歴史公園で開催されたNICE TIMEの帰りに物損事故をしました。

友人と3人でフェス参加で、私はドライバーだったため、ハンドルキーパーとして一滴のアルコールも飲まずにソフトドリンクでフェスを楽しみました。
フードのカレーもおいしかったし、ステージの向井秀徳と七尾旅人は格別でした♪

友人は普段のストレスのためか、喜びを爆発して、子供のように遊んでいました。

大学に進学時に一人暮らしを開始したためにうつ症状になっていた友人を励ますためのフェス参戦だったので飲酒なしだったのはいいのですが、帰り道で事故を起こしてしまいブルーになってしまいました。

繁華街で離合しているときに、道端にあった看板にぶつけてしまいました。。。

フェス会場でお酒を飲んでいたために、帰りの車の中では居眠りしていたのがよかったのか、友人は無傷でした。
ちなみにふたりとも後部座席でシートベルトなしです。

すぐにお店の方に謝罪すると看板の弁償でOKとのことでした。

手持ちがなかったので、お店の方に携帯番号と免許証を見せて、その場は開放してもらい、後日両親と謝罪と弁償のためのお金を持って行きました。

あの事故から狭い道路で離合するときは私は車を動かさずに相手が動かしてくれるのを待つようになりました。

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