横断歩道を歩いていたら、車にぶつけられた経験

昔、横断歩道を妹と一緒に歩いていた時のことです。車が私達の方へぶつかってきたのです。

妹はぶつからずにすみました。ですが、私は足のふくらはぎあたりを強くぶつけられて、かなり痛かったです。すぐに救急車で運ばれました。骨に異常はなく、捻挫、という診断でした。

相手は若い女性でした。泣き崩れていました。

親戚に弁護士がいるので、相談依頼をしました。あきらかに、相手側の過失だと言われました。

ただ、怪我が軽く、完治まで長くかからないという事実があります。

わざわざ法的な措置をとるのは、お金や、手間暇のことを考えると有効な手段では
ないと思う。と言われました。事故のことを長く引きずるのも、精神的にいいことではないから、示談のような形をとった方がいいとアドバイスを受けました。

もっともだと思いました。

ただ、車が飛び込んできた時の恐怖感は忘れることはできませんでした。悔しい思いがありました。足も2,3週間くらいは痛くて、歩くのにかなり時間がかかっていました。

ですが、相手の女性もまだ若く、かなり反省していると思われました。見通しが良い場所ではなかったこともあり、自分がここをうまく運転する自信は全くありませんでした。

この場所を運転するのは、絶対にやめよう、と心に誓いました。彼女の将来のことを考えると、この措置が1番なんだと、自分を納得させました。

それでも、彼女はずっとこの事件をを抱えながら生きてくのだな、と思うと少し悲しかったです。

私も同じ女性だからです。

フェス帰りに事故

数年前の事です。
吉野ヶ里歴史公園で開催されたNICE TIMEの帰りに物損事故をしました。

友人と3人でフェス参加で、私はドライバーだったため、ハンドルキーパーとして一滴のアルコールも飲まずにソフトドリンクでフェスを楽しみました。
フードのカレーもおいしかったし、ステージの向井秀徳と七尾旅人は格別でした♪

友人は普段のストレスのためか、喜びを爆発して、子供のように遊んでいました。

大学に進学時に一人暮らしを開始したためにうつ症状になっていた友人を励ますためのフェス参戦だったので飲酒なしだったのはいいのですが、帰り道で事故を起こしてしまいブルーになってしまいました。

繁華街で離合しているときに、道端にあった看板にぶつけてしまいました。。。

フェス会場でお酒を飲んでいたために、帰りの車の中では居眠りしていたのがよかったのか、友人は無傷でした。
ちなみにふたりとも後部座席でシートベルトなしです。

すぐにお店の方に謝罪すると看板の弁償でOKとのことでした。

手持ちがなかったので、お店の方に携帯番号と免許証を見せて、その場は開放してもらい、後日両親と謝罪と弁償のためのお金を持って行きました。

あの事故から狭い道路で離合するときは私は車を動かさずに相手が動かしてくれるのを待つようになりました。

福岡の交通事故弁護士相談

武雄温泉に向かっていたら事故に遭いました

武雄温泉に向かっていたら事故に遭いました。

私のおばあちゃんはちょっと古い軽バンを持っていました。
大学4年になり、親友とお互いに就活も終わったので卒業旅行のために、おばあちゃんの軽バンを借りて九州一周をすることにしました。

大学生でお金はなかったけど時間だけはたくさんあって、車の中で泊まったりしながらまったりと楽しい旅行でした。
軽バンなので後ろが広いので寝るのには困らなかったんですよね。

旅も終盤になったころ(福岡スタートの時計回りに走りました)、佐賀の武雄で温泉に入ろうと親友がいきなり提案してきました。
ちょうど長旅の疲れもあって温泉の魅惑にとりつかれた私達は車を武雄に走らせることにしました。

信号待ちをしていたところ、いきなりドンという衝撃が走って、前のめりになりました。
古い自動車なのでエアバッグなんかもなく、シートベルトが衝撃を一手に引き受けてくれました。

なにが起こったのかとルームミラーを見ると後ろの車に衝突されていました。
車を降りて話を聞くと眠気に耐えられずに足がアクセルを踏んでしまったとのことでした。

おばあちゃんの軽バンの後ろは衝突で凹んでいて、ブレーキランプは完全に壊れていました。
近くのコンビニの方に警察を呼んでもらって検証です。

相手が悪いのは明らかだったので、相手方の名刺と免許証のコピーをとらせてもらったその日は別れることになりました。

誰も怪我がなかったのは不幸中の幸いですが、この状態で夜の走行は危険ということになり温泉はお預けで車中泊ということになりました。

コンビニのオーナーさんが良い方で、貧乏旅行中の私達を見かねて駐車場の利用を許してくれました。

おばあちゃんの軽バンは修理に出すより買い換えるほうが安いという結論になり、ちょっと新しい型にすることができました。
でも、事故の衝撃は今思い出してもまた経験したいものではないです。

この既設の風物詩

3年前に事故を起こしてしまいました。

夜勤がある会社なのですが、ちょうど会社に入社したばかりでまだトラックのミッション車の運転にも慣れていない時期の早朝運転中でした。

先輩のトラックの後ろを走っていたのですが、まだ運転に慣れていない私は少しずつ引き離されていき、終いには先輩のトラックが見えなくなりました。土地勘がないところで迷子になってしまいました…

心細さと夜勤明けの眠い頭で運転していました。当然トラックなのでナビなどついていません。

入り組んだ町中を右折していたら、トラックのタンクがお店の看板に引っ掛かってしまって、看板を壊してしまいました。トラックを降りて確認すると看板は大破…すぐに会社に電話して事務の方に事故を起こした旨を伝えました。

お店が開店するのを待ち、すぐに謝罪。その頃には会社から事務の方も駆けつけてくれました。

幸い、相手の方が良い方で、看板を弁償することで無事解決しました。それどころか、怪我はなかったのかなど心配までしてくれました。

今では近くを通ると買い物に寄らせていただき、挨拶をさせてもらっています。

あれから3年も経ったのでトラックの運転に慣れましたが、この季節が近づくといつも思い出してしまう風物詩です。

事故から数日後、事故相手が居なくなっていました!

私は高校生の時交通事故に遭い、あとで問題が発生したので弁護士に相談しました。

その日は試合前でいつもより部活動が長引き、19時頃1人で自宅に向かっていました。いつもは道路の下にある地下道を通って行くのですが、その日は夜遅いこともあって地下道を行く勇気がありませんでした。

というのも、その地下道は夜になると痴漢が出ると有名だったのです。実際私も痴漢に遭遇したこともありました。

なので私は信号のない一車線の道路を渡ることにしたのです。

左右を確認したつもりで道路を渡り始めたのですが接近していた車に気づかず、渡り始めすぐで車に跳ねられてしまいました。

気づいた時には救急車の中で、病院に着くとすぐに両親が涙を流しながら入ってきました。手当てを受けたあと、頭を打っているということで念のための入院となったのですが、病室に警察官が事故の状況を聞きたいと聴取を行いました。

私の確認不足と横断歩道のない道を渡ったことが事故の原因だとされたのですが、目撃証言から相手運転手によるスピードの出しすぎが判明しました。

その事で相手運転手が治療費を含む慰謝料を払うということで和解したのですが私が退院後、相手運転手と連絡が一切取れなくなってしまったのです。

なので相手から慰謝料が払われることがなく私の両親は弁護士に相談することになりました。

弁護士が調査した結果、相手運転手は携帯番号を変え、自宅住所とされる場所から居なくなっていました。ですがすぐに居場所が判明し弁護士立ち会いの元、両親と話し合いがあったようです。

弁護士が入ってくれたことですぐに慰謝料は振り込まれたそうです。私にも落ち度があったので、相手運転手にも申し込ない気持ちはありますがマナーはしっかり守らなくてはいけませんね。

入っていてよかった弁護士への相談費用が免除される自動車保険

私は以前勤めていた会社で仕事終わりの帰り道に事故に遭いました。

私が車でT字路の交差点前で止まった際に、右手の10メートル程先から自動二輪車が近づいてきていたのですがバランスを崩して突然こけてそのままこちらの方まで滑ってきました。

その結果、私の車の右側にぶつかり停止しました。バイクは破損し私の車のドア周りがへこんでしまいドアの開閉に支障をきたすようになってしまいました。

交差点内の事故ということで相手の男性は警察に電話している様子でしたが、実際に来たのは警察や保険会社の人間ではなく当事者の母親でした。

呆れて私が警察に電話をして来てもらい、現場の状況の説明をそれぞれ分かれて行いました。

諸々の確認が終わり、警察からは物損事故で処理するようになるだろうという話でこの場は収まったのですが、後日に本人から直接電話がかかってきて

『バイクの損傷がひどかったので廃車にしたから費用を出してほしい。過去の判例から調べたら事故の過失割合は車が8でバイク側は2になるので。もし納得できない場合は裁判を起こします。』

という内容を伝えられました。

さすがにそれは無いだろうと思った私は、家族も含めて事故の際に弁護士への相談費用が免除されるという内容の保険に母親が入っていることを思い出してすぐに弁護士に相談しました。

弁護士側からもやはりそれはおかしいということで、直接バイクの男性に連絡を取ってくれて示談に応じるように説得してくれました。

しかし、示談には応じてくれず裁判をするというので勝てることは分かっていましたが、このやりとりが時間の無駄だと感じていた私は渋々裁判に向けての準備を始めました。

最終的に車側の過失が4でバイク側が6という内容での結果でとりあえず納得はしておりますが、お金だけではなく時間を大変無駄にしたのでもう二度とこんなことは起きてほしくないです。

弁護士は全国、遠方からも依頼できる

徒歩で信号のない横断歩道を歩行中に右から来た車に轢かれました。

当時、意識不明になりその後も記憶がなくなったままなので、警察や新聞記事からの情報によると、左の車はきちんとストップしてくれたのですが、右から来た車はブレーキもかけずに横断中の私を轢き、30メートルくらい飛ばされ、地面に落ちた時も頭を打ったようです。

救急車で搬送後に入院を1か月しました。

くも膜下出血と脳挫傷、さらに髪の毛を車に挟まれ頭皮が裂けたので手術、右ももの皮下脂肪壊死により見た目に傷が残りました。退院後も主に足の傷で通院したのですが残ってしまったので後遺障害14級認定されました。

最初は任意保険会社と私が交渉していましたが、本来無条件で支払われる診断書の負担金も含まれていないなどずさんで、後遺症が認められたにもかかわらず金額が低いので何度も「これでは受け入れらない」と伝えたのですが保険会社もこれしか出せないとの一点張りで平行線でした。しかし、ネットで症状による相場を見ると明らかに100万円単位で低いので納得がいかず、また自身も休んでいた仕事に復帰して時間や手間も負担に感じていたため弁護士を依頼することにしました。

調べてみると福岡で受け付けてくれる弁護士事務所があり、出張相談してくれるとのことでした。基本的に電話や書類で交渉するので遠方でも差し支えないとのことでお願いしました。

その日から交渉はすべて弁護士さんになりました。見積もりを最初に出してくれて示談金がどれくらい今より高くなるかを示してくれるので、契約する前にある程度の目安ができて依頼の区切りが意識しやすいです。

依頼して約1か月半くらいで「これくらいになりましたがいかかでしょうか」と連絡もありました。私が直接交渉したときはもっと時間をかけても数万円アップだけだったのに、弁護士の方が入ると短期間で百数十万円以上高くなっており、これ以上はできないといった保険会社を信用してあきらめずに良かったです。

弁護士の先生に支払う報酬を引いても100万以上のプラスになったうえに、交渉を任せることができて自分の時間も取り戻せ、精神的な負担も減ったので納得でありがたく感じました。

 

 

佐賀で弁護士をお探しの方はぜひフレア法律事務所まで

車にはねられる景色

あれは小学一年生の夏休み。今でも鮮明に覚えています。

その日は、家族でいとこの家に遊びにいっていました。親たちが見守る中、私たちは外で鬼ごっこをしていました。みんな結構な汗をかいていたので、親が100円玉をみんなにくれ、飲み物買ってきなさいと言われました。

鬼ごっこの途中ということもあり、みんなでダッシュで自動販売機のほうまで行こうということになりました。

その時、事故がおこったのです。

私は1番早くに到着して、横断歩道の前にある自動販売機に無我夢中で特攻しました。そしたら右から乗用車がやってくるのが見えました。

私はこのまま走り抜ければ、はねられることなくいけると思い、止まることなくすすみました。ですが、次の瞬間ふわっとした感覚に襲われました。

あれ?空を飛んでる?

そんな感覚でした。私は車にはねられたのです。

結構な距離を飛ばされましたが不思議と痛みは全くなく、奇跡的に無傷で助かりました。自分には何がなんやらさっぱり?でも周りは大騒ぎで、親は泣きながらこっちに向かって来ました。

大事にしたくなかったので、親も車の運転手も示談で済ませましたが、子供の頃の私にはさっぱりでした。それ以来私は周りをよく見るようになり、事故などなく平和に暮らしています。

福岡の交通事故弁護士相談

交通事故発生

今から約10年前、中学3年生の時私は交通事故に遭いました。

その日、私は書店まで行こうと思い、自転車を漕いでいました。そんな中、ある交差点で、軽トラックとぶつかり、路面にたたきつけられました。その時は意識が朦朧としていたのではっきりとは覚えていませんが、軽トラックのフロントガラスは割れていたのです。

両親は「これは、死んだと思った」と言っておりました。

その後すぐ、救急車で病院まで運ばれ、緊急入院になりました。検査の結果、少し打撲があり、肝臓に内出血がある程度で済みました。はじめの4日くらいは起き上がれなくて周りがどうなっているのかわかりませんでした。そして、同じくらいの間、絶食となり、お腹をすかせてすごしました。それから、1日おきに採血がありました。初めは痛かったのですが、だんだんと慣れて、そんなに痛くなくなりました。

そして、起き上がってもいいということになりましたが、しばらく歩いていないので、歩くのがしんどくてたまりませんでした。食事も流動食から始まって、だんだん固形物に移行していきました。

何よりうれしかったのは、いろいろな方々がお見舞いに来てくれたことです。

軽トラックの運転手さんや、当時の担任の先生などが訪れ、励ましの言葉をもらいました。

当時の同級生たちから寄せ書きをもらったのもうれしかったですね。

退院の日が来て、しばらくは自宅療養だったのですが、その後、学校に通えるまでになりました。

それにしても、後遺症も残らず、元気になって運がよかったと思いました。

車を買ってまさかの2カ月で事故

免許を取得して以降、車に乗っておらず、ほぼペーパーの状態でした。

あるときに、中古車を購入しようと思い立ち、思い切って購入しました。保険もすべてをカバーできる保険に加入しました。

車を購入してからは、家の近所のみ毎日30分練習し少しずつ慣れていきました。

あるとき、同棲している彼氏が出張のため、一人で数日間過ごすことになり、食材の買い出しなどで勇気をふりしぼって車を運転して、近所のスーパーに行ったりしていました。

それに慣れてつい調子にのってしまい、一人で行ったことのない海が見えるカフェまで20分ほど車を走らせドライブをしたりしました。

その日で自信ついたのか、翌日も同じ場所に車を走らせました。同じ場所の駐車場に停めました。

カフェでお茶した後、帰ろうと車をバックで出そうとしているときに、私はしっかりと後ろを見ず勢いよくバックしてしまい。斜め後ろから来た車と接触してしまいました。

相手の方もクラクションを鳴らしていたのに、自分ではないと勝手に思い、完全に見ていなかったのがオチです。

接触した瞬間は、頭が真っ白になり、どうしてよいかわからず涙があふれ出てきました。すぐに相手の方に頭を下げました。

教習所では事故を起こしたらすぐに警察を呼んで、と習っていたのを思い出し、初めて110を呼びました。

現場検証はあっさり終わり、私はその日はショックで食事も睡眠もとれず、仕事を休んでしまいました。

それから保険屋さんがすべてのことをやってくれ無事に終わりましたが、自分の等級が下がってしまい、正直もう乗るのが怖くトラウマになってしまいました。